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旅のまとめ 

 「地上の楽園をみたければ、ドブロヴニクにおいでなさい」
FH030016.jpg
Rollei35
イギリスの劇作家バーナード・ショウは書簡にそんな言葉を綴りました。
アドリア海の青に映えるレンガ色の町並みが美しい世界遺産都市・ドブロヴニク。
スルジ山から見下ろした風景は、この先もずっと忘れることはないでしょう。
目抜き通りから伸びる細い路地には、海に向かって延々と階段が伸びています。
FH030020.jpg
Rollei35
すべての路地を歩いたら、どのくらい時間がかかるかな。
つい立ち止まってしまいたくなる魅力的な看板や雑貨店、路地にはためく洗濯物、声をかけてくれる人には陽気な笑顔。
見どころをみてまわるだけなら半日もあれば見て回れてしまうと思うけれど、とくに目的もなく歩いてみるのが似合う町ではないかなと思います。
 * * * * *

2010年5月4日 快晴・旅11日目(最終日)

早朝6時、オーナーが息子さんと一緒に迎えに来てくれました。
・・・というのも、前日の夕方に宿泊費の支払いのためにオーナーに部屋に来てもらって手続きしたのだけど、その際に空港までバスは出ているのか聞いたのです。
8時の便に乗らなくてはいけないので、早朝はバスがなかったりしたらタクシーになるなと思って。
そうしたら「部屋の用意ができていなかったりこちらの不手際があったし、息子に送らせるわ!」と。
そんなの悪いからいいと断る間もなくオーナーは息子さんに電話をして事情を説明、そしていきなり私に携帯電話を渡してきて「息子は英語が完璧だから、どうぞ話して!」と(汗)
送ってもらっていいのか確認すると「ちょうど僕も明日はザグレブに飛行機で行くから」とのこと。
それにしても私の出発はかなり早い時間なんだけど、快くOKしてくれて感謝感謝です♪
国内線か国際線か確認されて、私はフランクフルトまで飛ぶので国際線だというと、それなら6時に迎えに行くから準備しておいてとのこと。
オーナーは「優しくていい息子なんだけど、まだ独身なのよ。」とまた言ってました(笑)
そして、約束どおり6時にオーナーと息子さんが部屋に迎えに来てくれたというわけ。
重い荷物も息子さんが持って下ろしてくれたし、車に乗るまで(旧市街を抜けて駐車場まで)ずっと荷物を持ってくれたので本当に助かりました☆
それにしても、やっぱり息子さん眠そうだった(^^;

最後の最後まで親切を受けながら、無事にドブロヴニク空港到着。
「気をつけて帰ってね。」と手を振ってくれる息子さん。
旅先で見送ってもらえるっていうのは、なんかいいものですね。
旧ユーゴ旅携帯 094
国際線とはいえども、こんな小さな飛行機で、歩いて階段を上って搭乗します。
あぁ、いよいよ旅が終わるんだな・・・と思ったら、急に寂しくなりました。
FH030038.jpg
Rollei35
飛び立ってすぐ旋回したので、ドブロヴニクの空港が見えました。
カメラは全部しまってしまったし、Rollei35もこの1枚でフィルムが終わりました。
この旅、最後の写真です。
長かったようで、あっという間だったような気もします。
旅前半のスロヴェニアから国境を越えてレンタカーでイストラ半島をめぐる旅と対比すると、後半の首都ザグレブから南下してドブロブニクへと抜けるクロアチアの人気ルートは、とにかく賑やかで、どこに行っても人が多く活気がありました。
2010GW旧ユーゴ旅29
そんな中で、フヴァル島へ渡ったのは良い選択だったと思います。
のんびりとした時間の流れと、むじゃきな子供たちの笑う声。
私はこういう田舎の風景とか、人々の優しさが好きなんだなって改めて思えました。

フランクフルトで乗り換えて、4時間ほどの待ち時間ののちルフトハンザ便で成田へ向けて出発。
これが・・・すごく揺れまして。
私は2人席の窓側に座っていたのですが、いつまでたってもシートベルトサインが消えなくて、消えないまま最初の食事が出てきました。あまりの揺れに飲み物が揺れてこぼれる状態・・・。
怖いー!けど、ひとりだから気を紛らわせることもできなくて、じっと我慢。
そのあと1回だけシートベルトサインが消えたときに、みんな一斉にトイレへ立ちました。
すぐまたサインが点灯したけど、トイレ待ちの人もまだいて、そんなときに大きな揺れがきて、通路を歩いていた人がバターン!と転倒したのでビックリ!
もうだめ?怖い?と思って、「すごい揺れてますよね?私、すごく怖いんですけど・・・」って隣の席の人に話しかけちゃいました。隣人さんは中年のおじさんだったのですが・・・。
でも、すごく優しい方で、「珍しいですね、こんなに揺れて。でも大丈夫ですよ。」と、そのあとずっと私に色々と離しかけてくれて気を紛らわせてくれました。
80歳を越える自分のお母さんと、奥さんのお母さん(70代)を連れてフランスとドイツをまわってきたのだそう。優しいですね。
お互いの旅の思い出を話し合っているうちに気分が落ち着いてきました。
途中で日付が変わって、5月5日になりました。
旅の最中はもちろん、往復とも飛行機内でも素敵な出会いがあり、思い出となりました。

長きに渡って綴ってきた旧ユーゴスラビアをめぐる旅の旅行記もこれでおしまいです。
どれだけ楽しかったことでも時間の経過とともに記憶は薄れてしまいます。
この旅行記を書くときは、いつも旅の最中に書き留めていたメモや日記を見返していました。
blog22.jpg
けっしてきれいにまとまっていない旅ノートですが、それもまたよい思い出。
今回の旅では、旅先から3枚のポストカードを自分宛に出しました。
いろんな形で残せた今回の旅の思い出。


帰国が早朝だったので、実家にも9時前くらいについてしまったのですが、そらが飛んできてくれて「おかえりーーー!!!」と出迎えてくれました。
「いつも朝寝坊してたのに、今日はお母さんが帰ってくるって6時くらいから起きてるのよ。」と。
そら、待っててくれてありがとう。

今回の旅も、そらと両親の協力があったおかげで実現させることができました。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとう。
ありがとう。
ほんとうにありがとう。


 【 旧ユーゴスラビア旅行記・完 】
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category: ドゥブロヴニク

2010/08/12 Thu. [edit]   CM: --

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